性表現と性犯罪の関係(犯罪とポルノと表現の自由)

クリエイターにとって、表現の自由は、それこそ「命より重い」と言えるくらい重要な権利なわけですが、わたしたち作品を楽しむわたしたちにとっても無視できない問題です。

「この世から経済がなくなろうとも、芸術は死なない」といわれるように、個人的には芸術活動は人間の根源であると考えています。

性犯罪に対してどのような態度で臨むか?

ヤン・イルハン・キジルハンの研究によると、

性的暴力に関連する恥は、レイプ後の否定的な自己認識に重要な影響を及ぼす

としており、性犯罪は、回復できない人権侵害であり、重大な犯罪であるということができます。

これは、逆に考えると、冤罪を被った場合の冤罪被害者への人権侵害も甚大なものになることを意味します。

そして、当たり前ですが、隠れた真犯人が最も悪質です。

冤罪に間違われるような紛らわしさが悪いとか、痴漢など自己防衛が甘かったなどと、冤罪被害者と犯罪被害者で争っている暇などありません。

こうしている間にも真犯人が存在しています。そのような責任を擦り付け合うような争いは無益なことです。

表現の自由と性表現

表現の自由において

思想の自由市場」というものがあります

これは、あらゆる表現は市場に発表され、市場において評価されそして淘汰されるというもの

これがあるから、表現の発表の機会を奪うべきではないということです

そして、これを誰に対して言うかというと、国家です

つまり、行政(権)です

行政権によって、表現の発表の場を奪うことができないので、こういったものを制限する立法もつくれません。

性表現が炎上するとき

「露骨な描写を理由にこういったものは買うなとか、店に置くな」

という主張があります

これに対して、表現の自由を振りかざす人たちは、他の有名作品傑作をもちだして、

「過激ではないからそのままでよいとか、表現自体に問題はないが、場所の問題である。場をわきまえろ」

といったりします。

両者も、どの主張も間違いではなく、同時に正しくはありません。

まさにこの状態こそがすばらしい状態で、

色々な人があれこれ意見を出すことによって、表現物は受動的に居場所が決まります。

そして、それは社会の変化によっても変わるはずです

表現自体が禁止されない限り、表現物は市場において評価される流動的なもなのです

コンビニの成人雑誌も消滅しつつあります

少年雑誌の過激な性表現もそうですし、SNSなどのプラットフォームでマンガが発掘されることもそうです。

かつては出版社(ある意味主観を)クリアしなければ、世にでることのなかった作品が、いまはSNSにより消費者の直接的な評価を受けるようになりその様相も変わっています。

こどもにとって有害かどうかなども、個人が判断し、そう思えば読まれなくなります

読まないように勧めることも問題ではありません

しかし、その発表をさまたげることだけは決して許されないのです

「見たくない利益」じたいはあって然るべきです。ただそれは表現の自由とは衝突しません。

(たとえば、SNSであればリツイートといった機能などを契機とする管理の問題であって、プラットフォーマーとユーザーとの問題です)

表現をアウトプットすることもインプットすることも表裏一体のもので制限されないのです

わたしたちは、好きなように自由に作品をえらべばいいわけです

表現の自由とクリエイター

ただし、自由な発言や評価においてはどうしてもクリエイターを傷つける要素が多分に含まれるという事実は見逃してはいけません

わたしたち(とくに法律家)がそういった社会の中で、クリエイターの権利をいかにまもるかという非常に高度な問題を考えなければならないのです。

たとえば、露骨な性表現が巻頭カラーや表紙などであらわになってくるのはそれが広告として機能するから平たく言うと売れるから出版社や編集者あるいは店頭では行われるわけです

市場において過激な性表現が受け入れられたということです

ただし、これはあくまでも民主主義ではないことだけは付け加えておきます

つまり、市場において認められたとしてもそれが正当であるというわけではないですし、多数派であるというわけでもないのです。

性犯罪の重大性と性表現の重要性も共に確認してきました

そうすると、私たちは、重大な問題点に気がつきます

性表現が増加すると、性犯罪も増えるのか?

性表現と性犯罪には関連があるのか?

Milton Diamond,1999の研究によると

日本におけるポルノの利用可能性の増加と、レイプ、性的暴行、および公共のわいせつの発生率との関係は、1972-95年に収集されたデータを使用して調べられました。

日本では、1972年から95年にかけて、過激なポルノ素材について、その数自体と入手する機会が増加しました。

性的な犯罪との関連はどうなったのでしょうか。

結果のサマリーによると、

・同時に、レイプの発生率は、1972年の5,464人の犯罪者を含む4,677件から1995年の1,160人の犯罪者を含む1,500件に減少しました。

・少年が犯したレイプの数も著しく減少しました。

・性的暴行の発生率は、1972年の3,139件から、1975-90年の各年の3,000件未満に減少しました。

・報告された公然わいせつの発生率は約3分の1に減少しました。

・殺人や非性的で暴力的な身体的暴行の数も著しく減少しました。

・殺人は約40%減少しました。非性的な身体的暴行は約60%減少しました。

論者いわく、

「大量の性的に露骨な素材が常に豊富な性的活動をもたらし、最終的にレイプをもたらすという神話は続いています。

一方で、さまざまな社会的要因が性犯罪の減少に関係している可能性があるにもかかわらず、

このデータは、日本で利用可能なポルノの大幅な増加が、加害者としても被害者としても、少年の性犯罪の顕著な減少と相関していることを明らかにしているのです。」

と結んでいます。

マヒドン大学のウィナイ・ウォンスラワットの研究によると

ポルノが暴力的な性犯罪や家族の不安定性に与える影響を調べています。

ポルノの消費が強姦と離婚の両方の頻度に寄与しており、性的なメディアの増加は、性犯罪の低下につながっていることがわかった」とのことです。

いろいろな視点から見てきました。結論づけることはできません。

しかし、私たちはクリエイターでありコンシューマーです

このような結果を私たちがどう受け止め、社会を築き上げていくかは自由です。