【薬物犯罪はほんとに違法なのか?】

薬物犯罪のある重要な視点が抜け落ちているのですが、分かりますか?

タレントの薬物犯罪ってほんとに大騒ぎですね。今回は、薬物犯罪について考えていきたいと思います。

薬物犯罪というのは、覚せい剤をはじめ、麻薬とか細かくいろいろ種類があったりしますが、大きな特徴として、こんな感じです

  • 保護法益は社会的な保健衛生上の利益
  • 関係業者等の利益に繋がる得る
  • 直接の被害者がいない
  • 薬の作用から、他の犯罪に繋がり得る

保護法益は、社会的な秩序維持の法益です。立法上は、禁止規範として規定されています。

もちろん、社会的な秩序維持として、製造も輸入も禁じていますので

これらに反する業者に加担しないということを個人に対しても求めているところは妥当かと思います。

しかし、これについて問題なのは、

薬物に手を出してしまった者が、正常な判断能力を持っていたのか

こういった点です。

精神疾患の診断書の有無にかかわらず、精神上、どこか問題があるのではないかということです。

(ようは、かんたんに言ってしまうと精神的に病んでて、救ってくれるような人が身近にいないのではないかってことです。もちろん病んでしまうような環境にいることなども合わせて問題です)

薬物に手を出すタイミングにおいて、正常な判断能力を持っていない場合が多いということは見逃せません。

▽たとえばこんな研究があります。

2015年のラグナ―・ネスヴォーグらの研究によると、

SUD( 物質使用症候群 Substance Use Disorders ; 医学的な基準はあるが、ようはかなり強い依存状態)診断率は、

統合失調症では25.1%

双極性障害では20.1%

うつ病では10.9%

これは、人口全体の推定罹患率の10倍になります!

精神疾患は、薬物乱用の危険因子である

つまり、病んでると高確率で薬物に手を出しやすくなるよということを示す研究です

https://helse-nord.no/Documents/SKDE/SKDE%20Artikler/Substance%20use%20disorders%20in%20schizophrenia%2C%20bipolar%20disorder%2C%20and%20depressive%20illness%282015%29.pdf


(法形式にすぎないのですが、覚せい剤取締法って、消費者個人に対して、禁止規範を課していますがこれは妥当ではありません。消費者に対しては、効果裁量のかたちで立法する方が適切です。 )

もちろん、個人レベルで薬物との関りを断つことも求められます。

が、ぶっちゃけ無理です。

通常、正常に判断できないタイミングを狙うのが薬物売人だからです

薬物を禁止することで、製造することも、輸入することもできません。

なので、薬物は必然的に裏社会のマーケットに回っているのです。通常の判断能力を有する人とは縁がなくなります。

それでも、薬物犯罪がなくならないということは、どこかで流通しているからです。

当然、彼ら売人がコンタクトをとるのは、裏社会に片足突っ込んだり引き込まれる寸前の人たちだったりします。

普通は簡単に売れませんから、ターゲットになるのはいつも、傷ついた人間、弱った人間、不安な人間、困った人間、となるのです。

(ルートがなければ商品が売れないことは働いたことがあれば容易にわかるのですが、商売をしたことがない法曹や政治家や官僚には分からないかもしれません…)


強化すべきは薬物に関する捜査や行政警察活動へのリソースです。そして、求められるのは消費者としての使用者や所持者の取締りではなく、このような生産者や輸入者といった業者への取締りです

もちろん、報道も消費者の逮捕以上に、業者情報やその状況などを伝える方が望ましいです。

また、覚せい剤所持や自己使用については、直接の被害者がいませんので暴力系の犯罪に比べて、ずっと穏当です

昨今のようなタレントの場合、むしろ報道などで騒ぎ立ててしまうことこそタレントを起用している企業のイメージダウンを助長し、経済的な損害を拡大していると推察されます。

民事における高額な賠償請求訴訟にも悪影響を与えているので、今すぐ報道は控えていただきたいですね。

(というか、むしろ報道機関に賠償請求できるのでは…)

じつは、莫大な損害をつくり出してしまっているのは報道機関やSNSで拡散しているわたしたちかもしれません。

(SNSのようにレスポンスが容易な媒体だと炎上を助長するので、覚せい剤使用者をかばうような発信だとしても同様な気がします。そっとしておけ、が正しい姿かもしれません)

注意すべきこととして、薬物使用はその作用によって暴力系犯罪を引き起こす可能性が示唆されています。以下をどうぞ

( ⇒ シーナ・ファゼルのレビュー論文)

薬物使用に対して、甘い対応をするということにはなりませんし、 薬物使用が許されるわけでは決してないことはあきらかです

ここで言いたいのは、消費者としての所持罪・自己使用罪に対しては過剰に社会的な制裁を下す意味がないということです。

消費者側に、関わりを禁じても難しいんです。報道で晒し者にしたところで、病んでいる者が薬物の誘惑を断ち切れるかを想像してみてください。

健康な者にとっては、当然のごとく手を出さない方が経済合理的なので抑止機能としては働かないかと思います。

メンタルを病んだ時が重要なタイミングなのです。

それどころか過度に煽るのは行き過ぎた人権侵害です。(現状すでにそうかもしれませんが…)

そもそも、消費者である個人に禁止するよりも業者側にアプローチする方が優先であり適切な対策のはずです。

このように今回は薬物の一側面をテーマにしましたが、刑事系法学は、常にアップデートする姿勢が必要です

かつて、科学的な知見をおろそかにし、愚かにも、多くの人権や命を奪ってきました。

現時点で、われわれが当たり前と思っている感覚というのは、一切、当てになりません。

科学というものは覆り、間違いを重ね、真理に近づいていくものです。なので、当然、科学偏重も問題です

重要なことは事実であり、どういった状況で、どんな経緯で、何が起きたのか。これを調べていく中で、科学的な知見が大いに役に立ちます。

薬物に手をだしたからと言って、一概に、心が弱いとか、なぜ手を出してしまったのだといった批判をするのはまったく妥当ではありません。

薬物というのは弱っている人の不安な心の隙につけこんでいくものです

(てか、そうでなければ、堂々とマーケットに出回ります。)

人間というのは、買い物一つとっても、さまざまな心理戦略やマーケットのトラップによって、欲しくなかったものでも買わされていることが多くあるのです。

ましてや、薬物犯罪において、本人の自由な意思決定で薬物に手を出した、とだれが言えるのでしょうか。