今回の事例は、典型的な94条2項類推適用の判例(最判昭45.9.22)です。
類推適用というものが突然でてきて、混乱してしまいますが、法律のもっとも重要なはたらきです。
類推適用とは
類推適用とは、権利が発生する事実があるけれども、すべての要件を満たさないという場合にも、条文を適用させようという価値判断をはたらかせることです。
すなわち、適用条文の客観的な事実は必要条件ですが、結局、法律効果を発生することができるかどうかは決まっていなくて事案によりけりで判断していくことになります。
そして、94条2項の法律要件は以下でした。
・本人の帰責性があること
まずは、虚偽表示が成り立たなくては話になりません。
(帰責性があったとしても、帰責性が要件となる場面は損害賠償請求や解除などいろいろあります。)
虚偽表示による無効という法律効果を発生させるためには、虚偽である必要があり、
この「虚偽の外観ができあがっているという事実」があることが94条2項類推の大前提というわけです。
類推の基礎とは
虚偽表示の規定は、虚偽の外観があることのうち、通謀によってできた場面に限定したものです。
そこで、通謀が無くても、通謀したときと同じように評価できるならば類推してひろく捉えてしまおうということができるわけです。
虚偽の外観ができあがっているといっても、
本人になりすまして契約したり、印鑑を盗んで契約したり、うまいこと言って詐欺的に印鑑や委任状を取り寄せたり、、、
どのようなプロセスを経てできたものなのかはいろいろあるでしょう。
そのうち、本人と相手方とが話し合ったり「通謀」がある場面を規定したものが94条2項です。
そのため、虚偽表示は通謀することによりあらわれます。通謀が無い場合は、要件を満たさず
通謀が無い場合、要件を満たさないのですが、そうすると、本来は94条2項は適用されません。
ただ、現実問題、そのまま野放しにしていいのか?という意識があるので、認める方向に持っていきたいわけです。そこで、「類推」という技術を発動させることになります。
したがって、虚偽の外観があることを「類推の基礎がある」と言ったりします。
94条2項の原則を書けと法学部の教授が熱くなるのもこの流れがあるからです。
最判昭45.9.22の判例とは
事案としては、以下のようになります。
■ 事案
・男女の関係にあった二人
・女が、男の実印を勝手に使って、男の持っている家を自分の登記とします。
・男はこれを知り、登記を戻すように女と話したのですが、登記を戻すのに登記費用がかかるので、そのままにしていました。
・時は経ち、、なんと二人は結婚して、さらに離婚します。笑
・女は訴訟を起こすのですが、これまた訴訟費用がかかるので、女は、自分の名義になっているこの家を売りとばしましたとさ。
はちゃめちゃですがこんなかんじです。男が、この家の買い手に対して、登記の抹消を求めたことから裁判となります。
真実の所有者(男)と第三者(買い主)という裁判です。
最判昭45.9.22のポイント
さて、男は家を取り戻せるのでしょうか?
これは結論から言うと、「取り戻せなかった」です。
判例いわく
したがって、原所有者は、善意の第三者に対抗することができない。」
ここで、重要なポイントとは、
「登記費用の捻出が困難なため、登記名義の変更を行わなかった」ということです。
今回の虚偽の登記ですが、男には登記を移す気はありませんでしたが女が勝手に登記を移しています
男女はあくまでも通謀していません。二人で打ち合わせて登記を移しているというわけではないのです。
ところが、その後、男性は知っていながら、そのままにしていました。
理由はどうあれ、これが容認している態度であると判断されているのです。
つまり、登記においては虚偽の外観が作り上げられているのですが、女のせいで余計な登記費用がかかり、
これを無視したい気持ちはよくわかりますが、そのままにしておくと、「黙示の承認」とみなされるということです。
また、第三者である、買い手は、男女の事情について善意でした。
男は、自分の登記じゃないことをわかっていながらしばらくの間、何もしていなかったため、所有権を対抗できなかったのです。
本来、男の家なわけですが、登記が女の名義になっているので、ここに「虚偽の外観」があり
買い手は善意の第三者ですので、男は「不実の登記を承認していた」とされるのです。
※契約関係にあるものが当事者、そうでないものは第三者です。二重譲渡の場合、契約はふたつあるので、一組がおたがいに第三者となります。
それでは、類推適用をもう少し詳しく追っていきます。
94条2項が適用されるには「通謀」が必要
まず、94条に基づく請求には通謀が必要です。通謀は、「相手方と通じてした」でお互いの了解が必要なわけです。
「財産隠し」とかで登記を形式的に移すことがあるんですが、ようは、2人で話し合い、2人の合意がなければいけないということです。
これがないと94条に当てはまりません。
要件を満たさないということは「適用」にならないのです
94条が成立しない場合は、どう処理するか?
「類推適用を認める」という事は、「第三者に対抗できない」という2項の条文を生かすことなので、「取引を認める」という意味で、第三者を保護する結果になります。
「通謀がないため適用できない」で終わりでも良いです。残念ながら、もう取り返せません、と。
それでもいいんですが、それだと男がかわいそうです。そもそも、家持ってても登記なんてあんま意識しませんからねえ
一方、不動産の買主に、すみませんなかったことに…となってもいいんですが、一律に不動産が流通しなくなる(かもしれない)ので、どう処理するか?を裁判所が判断したわけです
こういう価値判断の場合、両者の立場を検討することが大切です。
第三者からすれば、
取引上、重要なことは、「実際の登記がどうなっているか?」であり、
登記が変化した経緯(男女のやりとりなんか)は買い手からしてみれば知ったこっちゃないことです
登記が変わっているのに、放置しているということは、合意までしてないかもしれませんが
元に戻す手続きをしていない以上、状況としては似たようなものだというわけです。
いっぽう、真の所有者からすると
何も了承してないよ、
そもそも、ふつうに考えれば登記なんてよくわかりませんし、買ったの自分だしって感じですよね。
放置してたから合意だと思われる?は?勝手に売っといてなんでこっちがわざわざ手続きしなきゃいけなんだと。
通謀があった時のみに限定してしまうと今回のような細かい事情のときに困ります。
そうした事情を踏まえて現実の処理をしていきます。これが紛争解決です。
前述の判例いわく
「不実の登記が知らない間に他人によってなされていた場合、不実の登記を知りながら明示または黙示に存続させていたときは94条2項を類推適用する」
このように、必ずしも通謀に限らず取引の安全が確保されるように、原則を修正する形で類推適用をしていきます
※なお、類推適用を認めるという事は、第三者に対抗できないという条文を生かすことなので、取引を認めるということで、第三者を保護するということです
類推適用と直接適用とは
今回のように通謀がないにもかかわらず、虚偽の外観ができている場合ででも、虚偽の外観を知りながら何もしなかったのならば94条を使って妥当な結論を導きたいです。
これを直接適用と分けて、類推適用といいます。
明文にないのに、条文を適用することを広く「準用」といいますが
さらに、条文の要件を満たさないけど、条文の趣旨が及ぶときには類推適用といいます。
94条において鍵となるのは「虚偽の外観」です。虚偽の外観があると類推の基礎があるということができます
買主の保護はどこまで認めるべきか?
虚偽の外観がどうやって作られたのか細かい事情によって買い手の保護とのバランスを取るか判例でも判断されているので
続いて、外観が作られた事情によって、買い手の保護をどこまで認めるのかを見ていきます。
外観が作られた事情というのは、この事例でいうところの男女の事情、とくに男性側です(本人といいます。)
本人に帰責性があるかという論点なのですが
ポイントは
本件のように、虚偽の外観がつくられていることを知っていながら放置していたような場合、放置していたことに責任があるものとして黙示の承認があるとみなされます
では、次の場合はどうでしょうか?
最判平18.2.23の事例
最判平18.2.23簡単に確認します。
ポイントだけで良いのですが、さきほどの最判昭45.9.22では、黙示の承認とされていたところがすこし違うのでその点を抑えてください。
※前述の判例の男性の立場を「本人」、女性の立場を「相手方」、買主の立場を「第三者」とイメージして考えてみてください
相手方には不動産取引に必要な書類や実印をすべて渡し、相手方に任せきりにしていました。
第三者と賃貸ではなく売買契約を締結してしまいました。
これを知って、登記の抹消を請求します。
登記の手続きやら役所の手続きはとても面倒ですよね
あまりよくわからないし、書類も煩わしい。
そこで、登記済証や印鑑登録証明書など不動産取引に重要な書類の一切を渡してしまっていた場合
本来、勝手に取引されないように自分できちんと管理するものですので、本人に責任があると言えそうです。
判例も
といいます。
これは、虚偽の外観作出自体には関与していませんし、その事実も知らなかったのです。
そして、相手方の裏切り行為の側面も強いです。それでも、類推適用を認め、第三者に対抗することができません。
そのかわり、第三者には善意のみならず無過失も要求して、保護される第三者の範囲を絞ります。
これは、善意であれば十分だった第三者に無過失も要求しようということです。
そのため、94条2項を引っ張ってくるだけでは足りないので、無過失の要件のために表見代理の規定である110条も引っ張ってきて類推適用するのです。
(この事例は、もともと相手方が代理人でした。ただ、一度自分に登記を移し、第三者に売却するときには、売主となっているため、表見代理の規定は直接適用できないので、こちらも類推)
※また、代理に関する事実が全くないような場合、類推の基礎がないので、「法意に照らし」というような表現をすることがあります。(最判昭43.10.17)
最後に
不動産取引は高額な取引ですから不自然な点がないか、第三者にはこの売買契約が本当に有効なものであるのかをチェックする必要があるといえます。
そこで、第三者がとくにチェックしていないと、確認を怠った過失となるのです。
類推適用というのは、法律構成というもので、実務家にとっても研究者にとっても最も重要です。
というわけで、今回は以上です。お読みいただきありがとうございました。