今回は、株式買取請求権を行使した際の株式価格について、考えていきたいと思います。
組織再編に伴う「株式買取請求権の行使」についての論点は大きく考えると2つです。
1.価格算定の基準日
2.公正な価格の算定方法
基本的には、株式買取が行われる場面というのは、(自己株取得にしろM&Aにしろ)企業当事者側というインサイダー情報を持っている者たちが割安だと判断しているわけです。
そして、それプラス情報が公にされることで株式市場が動きますのでその動きも考慮して、いったい株価をいくらと考えればいいのか?という論点になります。
念のため言っておくと、法律家(裁判所含め)は、最低限合理的だと言えるニュートラルな判断が求められるのですが、逆に言えばそれで十分で、厳密なファイナンスの数理モデルとかに踏み込む必要は必ずしもありません。学者から批判はされますが…
株式買取請求権を行使された場合、いつの時点における公正な価格を算定するか?
ここでは、3つの考え方があります。
①組織再編の承認決議の日
②株式買取請求をした日
③株式買取請求権の行使期間満了の日
判例では、②株式買取請求をした日を基準としています。
楽天対TBS事件
楽天対TBS事件を確認してみます。こちらの事例は以下の通りです。
楽天対TBS事件 ( 平成23年4月19日)
・東京放送HDを吸収分割会社として、
・TBSテレビを吸収分割承継会社とする
・分割会社の株主総会にて、大株主である楽天が反対し、株式買取請求権を行使した事例
判例いわく、
買取請求をした日は、この法律関係が生じるのと同時に、退出する意思を明示した時点でもある
したがって、買取請求をした日を基準とすることが合理的!」
このように買取請求後の日を基準日とすると、撤回することができないにもかかわらず、その期間の「株価変動リスク」を負うことになります。
もちろん、吸収合併を理由とする株価の変動リスクは負担してもいいかもしれませんが、市場の一般的な株価変動のリスクも併存しているので同時に負担することとなります。
たしかに、当事者の合理的意思と解することには一理ありますが、ただ、売買契約だって必ずしも契約時の金額が売買価格となるわけではないです。
さらに、実際には当事者が行使の日とは別の日を基準日として主張することも多くあるため、「合理的意思」というよりは「基準の明確化」が目的となってしまっている気がします。
では、承認決議の日を基準とするとどうなるでしょうか?
買取請求権の行使は、効力発生日の20日から前日と期間が決まっています。
そのため、承認決議の日を基準とすると、決議から買取請求権行使までの間に相当な期間が生じるにもかかわらず、吸収合併株価変動するリスクを負わないことになります。
以上のような理由から判例では、株式買取請求権が行使された場合の株式価格は、株式買取請求をされた日のなかりせば価格をいうと考えています。
1.シナジーの適正配分価格はどのように算定するのか?
組織再編の当時会社が、互いに独立した関係にある場合
交渉の上で決定した合併比率などの条件による価格が適正な分配価格と認めることができます。
テクモ株式買取価格事件 (最決平24.2.29)株式移転計画が作成された事例
公正とみられる手続きであれば、株式移転比率は公正なものと認められる!」
では、組織再編の当時会社が、互いに独立した関係にあるといえない場合は?
一方、当時会社が互いに独立した資本関係にあるとはいえない場合、
これはたとえば、親子会社どうしやMBOの事例です。
MBO( management buyout)とは、買収の対象となっている会社の経営者だったり、事業の運営に携わっている者が、買収することを指します。
内部の経営者と株主の関係なので株式価格につき安く買いたい高く売りたいという利益相反が生じます
こうした場合、組織再編の条件も当然には、適正に分配する条件であるということはできません。
レックス株式取得価格事件 (最決平21.5.29)
MBOにおける価格算定が問題となった事例です。
手続きに適切とは言い難い面があった!
株式の客観的価値の20%を加算した額をもってシナジー適正分配価格とする!」
と、一定の基準を示しました。
20%とは、類似取引におけるプレミアムの平均値を参照して得られた額を上乗せしており、近年の事例では多くがこのくらいと言われています。
2.なかりせば価格はどのように算定するか?
なかりせば価格とは、反対株主に最低限保障される株式の金額をいいます。
組織再編は会社の都合なので、たとえ組織再編が公表され株式の価値が1円などとなっても、組織再編が公表される前に保有していた株式の金額は株主に保障されるはずです。
それでは、企業価値を増加・毀損どちらもしない場合はどうなるでしょうか。
前掲の楽天対TBS事件によると
その株式が有したであろう価格を算定するために参照すべき市場株価として、
株式買取請求がされた日における市場株価、これに近接する一定期間の市場株価の平均値を用いる」
吸収合併等により企業価値が増加も毀損もしないため、当該吸収合併等が同項所定の消滅株式会社等の株式の価値に変動をもたらすものではなかったという場合には、
一定期間の市場株価を平均した価格をなかりせば価格に使います。
組織再編が企業価値を毀損する場合、なかりせば価格はどのように算定すればいいか?
一番厄介なことは、
「もし、組織再編の計画公表がなかったとしても一般的な市場における要因で株価が変動することがある」ということです。
この株価変動を織り込む必要があるのではないか?という問題があります。
(たとえば、経済全体・業界の動向、会社固有の株価に影響を与える事情)
そこで、組織再編計画を公表する前の株価を使いながらも、割引いたり織り込んだり、補正する必要があるのですが、どのようにどれくらい算定するのが適切であるでしょうか。
インテリジェンス株式買取価格事件
インテリジェンス株式買取価格事件(東京高決平成22.10.19)を確認してみます。これは
完全子会社となる会社の株主が反対して株式買取請求をした事例。
Y社は人材ビジネスの業界。
といった事例です。
判旨では
もっとも、マクロ経済の悪化、人材ビジネスの経営環境悪化という一般的価格変動の要因に基づく悪影響は計画公表後も引き続き継続するといえる。
したがって、「計画公表前1ヶ月間の市場価格の平均値」ではなく、「効力発生日前1ヶ月間の補正した価格の平均値」を買取価格とすべきである。」
このように示しております。
なお、「補正」というのは、計画公表前の株価データを利用してマーケットモデルを推定し、計画公表後の想定株価を計算により導きます。
会社の株価の動向が、会社の業界全体の株価とどれくらい相関するかといった事情などを基礎にします。
こうして、株主保護を意識しこれまで以上に詳細な株式価値を算定していくようになっています。
というわけで、噛み砕いてみてまだ少しわかりにくいかなといった印象ではありますが、今回はここまでです。お読みいただきありがとうございました。