相殺の抗弁と二重起訴禁止をわかりやすく解説

「重複する訴えの提起の禁止」の方が条文に即しているので

個人的には、重複起訴の方がしっくりきます。

相殺の抗弁と二重起訴禁止については判例も分かれたり、ことばも整理されてなかったりでなかなかややこしいところです。

抗弁先行型と抗弁後行型とは?

まずは、ことばについてです。

はじめに本訴で、「相殺の抗弁」を争っていて、同じ債権を使って、「別訴を提起」した場合、この事例を「抗弁先行型」といい

はじめに訴訟で争っていて、別訴を提起されたときに、同じ債権を「相殺の抗弁」として使う場合、この事例を「抗弁後行型」といいます。

※「本訴」というのは「反訴」がされた場合に言う言い方です

「別訴」とちがうのは、同一手続きで行うという点で、現実では抗弁とあまり変わりなく見えます。

一方、別訴ですと手続きが違い、裁判官も変わり得るため、矛盾なども発生し得ます。

そのため弁論を併合するかといった話がでてくることになります。

この点がわからないと、なんでこんなに争っているのかがわからなくなる原因になると思います。

お互い別訴ですが、先に訴えがあるはずなので、さらに「前訴」「後訴」呼ぶこともありますし

「抗弁先行型」は、「訴え後行型」とも言われますし、「抗弁後行型」は、「訴え先行型」になります。

いずれの事例にしても、同じような論点となります。

すなわち、同じ債権を使って、給付請求と相殺の抗弁をする場合は、二重起訴に当たるか?という論点です。

問題の所在

もう少し細かく問題提起すると「重複起訴禁止を定める(142条)を類推適用できるか?」です

まず、どちらも重複起訴の禁止を直接適用できません。

前訴での相殺の抗弁の提出は、『事件』ではなく

後訴においての相殺の抗弁は『訴え』ではないからです。

(重複する訴えの提起の禁止)
第142条
 裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することができない。

そのため、重複起訴禁止を定める(142条)を類推適用できるか?となります。

これを、言い換えると、「訴えあるいは相殺の抗弁の提出することができるか(=許されるか)?」

という問題提起になるのです。

重複起訴が禁止される理由

重複起訴が禁止される趣旨は、

矛盾した判断や被告の応訴の煩を防止することです。

そのため、いずれの場合も既判力抵触の可能性があり、二重に応訴を強いられることになり訴訟のムダであるため、禁止すべきです。

したがって、訴えや事件でなくとも、重複起訴の禁止を類推適用できると解することになります。

一方で、

相殺の抗弁は予備的に提出されることがよくあり、そうすると、判断されないこともままあります。

既判力が生じるのも未必的となるため、重複起訴として禁止すべきではないという説も従来はありました。

この辺りは、禁止の趣旨からすると妥当しないかなと思われます。

※なお、抗弁先行型(=対立する債権で訴えを起こす)の場合

については最高裁判例は無いとされ、見解は分かれているようです。

別訴訴訟物を自働債権とする相殺の抗弁を本訴で提出することは許されるか?

いわゆる「別訴先行型」の事例(=抗弁後行型)

別訴で訴訟物となっている債権を自働債権として相殺の抗弁が主張される場合です

これに対して、抗弁先行型があり、相殺抗弁として主張していた債権を訴訟物として請求する場合がある

重複する訴えの提起を禁止する142条が類推適用され禁止されるか?

(※類推適用なのは、「訴えの提起」ではなく「相殺の抗弁の提出」のため)

類推適用されないとされます

「第142条の趣旨は,別訴で訴求されている債権を自働債権とする相殺の抗弁を本訴において提出する場合にも妥当する。
別訴で訴訟物となっている債権を自働債権として相殺の抗弁を提出することは許されない。」
(最高裁判所平成3年12月17日第三小法廷判決・民集45巻9号1435頁)

142条の趣旨とは、

・ 審理の重複による無駄を避けること

・ 矛盾した判決を防ぐこと

でした。

一方で、

これが反訴である場合、同じ手続きの中で処理されるので許される=類推適用されるとされます。

「反訴で訴求されている債権を自働債権とする相殺の抗弁を本訴において提出する場合には重複起訴の問題は生じない。
反訴請求債権を自働債権として相殺の抗弁を提出することは許される。」
(最高裁判所平成18年4月14日第二小法廷判決・民集60巻4号1497頁)

両判決のちがいとは?発展

別訴と反訴はちがうのでしょうか。

(平成18年判決は平成3年判決を前提としていますので、状況が違うから結論が違うというものです。その考え方の論理展開を抑えるというお話)

結論は分かれています。

が、状況もやや異なるためその整合性が問われるのです。

これは、「反訴」が特殊であることに起因しています。

反訴も、旧訴訟物理論からいえば、権利が別ですし新しい訴えとしているので、別訴といえば別訴)

違うのは、別訴は全然別の手続きですが、反訴は「関連した訴え」ということくらいでしょう。

しかし、どちらも「本訴ではない訴え」で争っているのに本訴でも審理を求めているという点で同じとされるのです。

そして、ふたつの判例を結論を比べると、

純粋な別訴では許されない(=類推適用される)けれども、

反訴では許される(=類推適用できない)というように見えます

問題の所在とは?

反訴を提起した場合は、類推適用されず、訴えが許されるのはなぜか?です

反訴で訴求されている債権を自働債権とする相殺の抗弁を本訴において提出することの適法性

たしかに、別訴と反訴では、訴訟手続きが違うのではないかともいえます

反訴は、関連した訴えであるから矛盾や訴訟不経済は克服できそうです。

別訴は、矛盾判断や訴訟不経済のおそれがあるので、

重複起訴と同じ趣旨が妥当し相殺の抗弁の提出は許されないと言えそうです。

これが判例の理由です

「併合審理」をすれば、この問題は克服できると思えるのですが

「平成3年判決」では、「たとえ本訴と別訴とが併合審理されていてもなお既判力の矛盾抵触のおそれがある。」と言っており

これに対して、「平成18年」では、「訴えの変更の手続を経由せずに、既に提起されていた反訴が予備的反訴として扱われる。そのため、矛盾抵触しない」ということを示しています。

※「予備的反訴」とは、本訴が却下又は棄却されることを解除条件として提起される反訴です。

この判例が言う予備的反訴とはこれとは少しちがい、

「本訴において相殺の自働債権として既判力ある判断が示された場合においてはその部分については反訴請求としない趣旨の予備的反訴」と意味上の留保をつけて言っています。

反訴として機能しない場面を却下・棄却ではなく、既判力ある判断がされた場合としており、その部分についてはと客観的範囲も制限しています。

便宜上予備的反訴としておきますが、ここまで気にしている人がいるかはわからないですがちがうものはちがうので本当は判例のまま書く必要がありました。

なぜ、矛盾しないといえるのか?

矛盾抵触のおそれは一応あることになります。

それでは、なぜ、予備的反訴とされれば克服できるのでしょうか

予備的反訴となると、相殺の抗弁が反訴を申し立ての解除条件となります。

そうすると、本訴と反訴は分離できないことになり、矛盾や不経済を避けることができます

併合でもいいような気がしますので、ここのちがいはうーん。よくわかりません。

裁判所の判断が処分権主義に反しないか?

裁判所が勝手に反訴原告の訴えを予備的反訴としているため、処分権主義に抵触しないか問題です。

これは結局は、被告としては相殺が認められて債務が減少すればよく

相殺の抗弁が認められても、反訴が認められてもそのプロセスは本質ではないので矛盾判断さえ避けられれば認める方向に流れるのは頷けます

当事者である被告の合理的意思を解釈といえるので反しないようです。

「一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合、相殺の抗弁を主張することは許される。」
最判平10.6.30

権利の濫用にあたる特段の事情

・・・園部裁判官の補足意見

判例の整理

1.抗弁先行型

まだ判断が示されていない

2.別訴先行型

・ 昭和63.3.15)142条の類推適用を肯定する。相殺の抗弁は許されない

・ 平成3.12.17)142条の類推適用を肯定する。相殺の抗弁は許されない

・ 平成10.6.30)142条の類推適用を否定する。相殺の抗弁は許される

・ 平成18.4.14)142条の類推適用を否定する。相殺の抗弁は許される

ひとつめは、特殊な事案

ふたつめは、一つ目を引用しつつ一般論を示したと評価されており

みっつめは、否定してふたつめと分かれたので重要な判例としてふたつが挙がります。

平成3.12.17

自働債権の存否について矛盾する判決が生じる危険を防止することが困難であることを理由に、類推適用を認め、相殺の抗弁を許さないとした

しかし、いずれかの判決が先に確定する限り既判力ば作用して後訴裁判所は前訴の判断に拘束されるため矛盾判決にはならないはず

かりに、当事者の主張がなく併合されず、まったく同時に別の裁判所で矛盾した判決がでるきわめて特殊な事態になったときも再審による処理が可能である

少なくとも、類推適用を認める決定的な理由になるかというと疑わしい

平成18.4.14

反訴は、本訴において判断が示された部分については反訴請求としない趣旨に変更されると考えれば、重複の問題は生じない

たしかに、訴えの変更とはなるが、審判対象は変わらないので無駄とはならず被告の利益を損なうわけではない。

そのため、書面も同意も不要である。

反訴が、本訴において相殺の抗弁が認められることによって解除されるものと考えれば本訴と反訴は分離できないから

審理がムダになったり既判力が抵触するといった問題点を回避することができる。

予備的反訴への訴えの変更と考え、さらに実質、被告の利益はないから許容できるという技巧的な判断をしている。

こんなところでしょうか。

というわけで今回は以上になります。お読みいただきありがとうございました。