憲法29条の財産権の処理手順とは?わかりやすく判例解説【権利の保障と損失補償】

憲法29条の財産権についてわかりやすく解説してみようと思います。

第29条【財産権】

① 財産権は、これを侵してはならない。
② 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
③ 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

※一文が長くなりますのでスマートフォンの方は横画面にしていただくと読みやすいかもしれません。

憲法29条1項

財産権の条文ではこのようになっています

第29条【財産権】

 財産権は、これを侵してはならない。

絶対的な保障というような書き方ですが少し違います

財産権とは、もともとは個人の不可侵の権利ですが、社会的な拘束を受けると考えられ、私有財産制という「制度的保障」となります

制度的保障とは、制度それ自体を保護しようとするものをいいます。

憲法の規定のうち、基本的人権を保障する規定と区別して一定の制度に対して、立法によってもその核心ないし本質的内容を侵害することができない特別な保護を与えて、制度自体を客観的に保障しているものを指す

私有財産制の他には、大学の自治、地方自治、婚姻などがあります。

政教分離も津地鎮祭判例では制度的保障としています。

個人の生活に不可欠な財産が保障を受けなければ規定が無意味となってしまうということから

憲法29条1項では、各人が現に有する財産権の不可侵を保障している。

憲法29条2項

財産権の内容は、公共の福祉に適合するように法律でこれを定めると規定されています。

第29条【財産権】

 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

財産権が無制約ではなく、社会的な制限を受けるという意味で

公共の福祉とは、「人権の制約原理」です。

※学説では、「人権相互の矛盾衝突を調整するための実質的公平の原理」(宮沢俊儀)とされています。

かつての判例では、合憲とするための理由付けとしてこの公共の福祉という概念を使っていました。

しかし、いまでは、目的二分論、内容規制・中立規制を使ったりしています。

法律で財産権が制限される場合もありますが(森林法共有林事件、証券取引法事件)

「条例」でも制限されることもあり得え(奈良県ため池条例事件)

文言上は、「法律でこれを定める」と規定されているため、条例が法律に含まれているのか?が問題となり得えます。

条文では「法律で定める」と規定されているが、「条例」は含まれるか?

条例も法律に含まれる

と解されています。

この憲法29条2項の規定の趣旨は、「法律留保原則」といって、

そのため、行政による恣意的な運用を禁止することを目的とします

条例も「議会によって定められる法」であるから条例による制限も許容することができます。

したがって、条例も2項の法律に含まれるとされています。

奈良県ため池条例(最大判昭38.6.26)

事案

・ 堤とうを耕作することを禁止する条例が定められた

・ 先祖代々引き継いで耕作してきた者は耕作を続け、条例違反で起訴された。

というもの。

この判例では、「ため池堤塘を使用する行為を禁止しても憲法には違反しない」と判示されました。

理由は、ため池堤塘を使用する権利は財産権の保障の範囲ではないからということです。

所有者(使用者)は、「堤塘を使用する権利」を有する者ですが、使用すると起訴されてしまうので、「財産権(としての耕作する権利)の行使」を禁止されることになります。

もっとも、このような財産権も、災害を未然に防ぐためという目的によっては、公共の福祉として当然受忍しなければならない制約を負うことになります。

ため池堤塘の使用は、ため池の破損や決壊の原因となり得るとされ、適法な財産権の行使として保障されていないようです。

そのため、財産権保障の埒外(らちがい)にあり、このような堤塘を使用する行為を禁止しても「憲法には違反しない」とされました。

「ため池の決壊の原因となる使用行為は、財産権の保障のらち外にあり、県の条例によって、ため池の堤とうに竹木や農作物を植え、又は建物その他の工作物を設置する等の行為が禁止され、財産権の行使をほとんど全面的に禁止される結果となっても、本条に違反しない」

財産権を制限する場合、損失補償をすべきか?

財産権を制限されると、損失が発生しかねません。それでは、この損失を補償してもらえるのでしょうか

これを「損失補償は不要である」と判断されました。

理由としては、「財産権を有する者が当然受忍しなければならない責務であるから」ということです。

こちらも公共の福祉による権利の制限となります。

したがって、財産権を、損失補償なしで制限することができることとなります。

損失補償は不要であると判断した判例がこちらも「奈良県ため池条例事件」

「本条例(4条2号)は、ため池の堤塘を使用する財産上の権利の行使を著しく制限するものではあるが、結局それは、災害を防止し公共の福祉を保持する上に社会生活上やむを得ないものであり、そのような制約は、ため池の堤塘を使用し得る財産権を有する者が当然受忍しなければならない責務というべきであって、憲法29条3項の損失補償はこれを必要としない。」

財産権に対する規制の合憲性を判断する審査基準とは?

財産権に対する規制には、法律や条例があり、公共の福祉によって許容されますが

それでは、財産権を制約する法律や条例の合憲性はどのように判断すればいいでしょうか。

ここでは、ふたつの判例があります。

森林法違憲事件

森林法が、共有したものの分割を禁止しているため、個人の財産権を制限しているのではないか?という事例

本件での審査基準は、合理的関連性と裁量を合わせたようなもので

規制目的、規制手段、裁量の逸脱を検討すればよいとされています。

「規制目的が、公共の福祉に適合しないことが明らかであるか、又は、規制手段が目的達成のため必要性若しくは合理性に欠けていることが明らかであり、立法府の判断が合理的裁量の範囲を超える場合に、規制法令が憲法29条2項に違反すると解する。」

比較的緩やかな審査基準である理由としては、

・財産権には内在的制約があること

・立法府には法令による規制をする裁量があること

とのことです。そのため、裁判所は控えめな態度で審査をするという立場をとっています。

判例いわく

「立法府が社会全体のために加える規制は多種多様である。
また、財産権を制限する理由も目的も、積極目的から消極目的まで種々様々であり、規制の目的、必要性、内容、制限される財産権の種類、性質、制限の程度を比較考量すべきであるから、裁判所は立法府の判断が合理的裁量の範囲を超えるものとなる場合に限り違憲とする。」

証券取引法事件

こちらの判例でも、目的と手段の合理性から判断しています

「規定は、経済政策に基づく目的を達成するためのものと解する
規制手段は合理性に欠けるものではない」

憲法29条3項

本来、財産権が不可侵(1項)であるならば、これを制限することはできないはずです。

ところが、制限を認めているのだから、かわりに損失分を償うことでつじつまを合わせ、財産権の不可侵を可及的に全うしようと目指すべきです。

このような考え方が平等です。社会全体、公共の利益のため、特定の者が経済的に負担を負うのであるから、その負担を穴埋めすべきという平等原則にかなうものであります。

条文では、「正当な補償の下に公共のために用ひる」とされています。

それでは、この意味はどのように解するのでしょうか?

「公共のために用いる」とは、広く社会全体の利益のためであることを指し

「正当な補償」とは、「合理的に算出された相当な額」をいうとされます。

ここには市場価格のほか、移転料、営業上の損失、生活を回復する費用も含まれます。

・農地改革事件(最大判昭28.12.23)

『本条三項にいう「正当な補償」とは、その当時において成立することを考えられる価格に基づき、合理的に算出された相当な額をいうのであって、必ずしも右の価格と完全に一致することを要しないから、自作農創設特別措置法が、田の最高買収価格を自作収益価格である標準賃貸価格の四十倍と定めたことは正当である』

・土地収用法事件(最判平14.6.11)

『事業認定の告示時における相当な価格に、権利取得裁決時までの物価変動に応ずる修正率を乗じて、権利取得裁決時における補償金の額を決定することとしている土地収用法七一条の規定は、被収用者が、収用の前後を通じて被収用者の有する財産価値を等しくさせるように補償が受けられるようにするものであるから、本条三項に違反しない』

3項を直接の根拠として補償請求ができるか?

それでは、29条3項に基づいて損失の補償請求ができるのでしょうか。

本来は、「土地収用法」など、収用手続きにより財産権の制限が行われますので、補償請求もその法令に規定があるはずで、その規定に基づいて請求できます。

では、法令上の補償規定が無い場合は、どうすればいいか?

この点も、補償請求ができないのでは財産権を憲法で保障したことが無意味となってしまうため、3項を根拠として補償請求ができるべきと考えられています。

2項と3項の関係とは?

ここで、疑問が生じます

2項に基づく公共の福祉によれば、損失補償は必ずしも必要ではないとされ、

3項に基づく損失補償はできるべきであるとされます

第29条【財産権】
財産権は、これを侵してはならない。

財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

2項と3項の関係はどのように解されるでしょうか

これは、一定の場合において、損失補償が認められると考えていきます。

では、どのような場合に必要になるのか?

2項で制限されるのは一般的な制限であり、特定の個人に不利益を与えるものであってはならないものです。

そのため、「3項は、特定の個人に特別な犠牲が加えられた場合、その不利益を補償することを定めた規定である」と解されます

そうすると、2項による一般的な財産権の制限の場合、損失補償は不要で、特定の個人が、特別の犠牲となっている場合、損失補償が必要となります。

「財産権に内在する社会的制約として受忍すべき限度内である場合、損失補償は不要である。」

「財産権の本質的内容を侵すほど強度である場合、損失補償が必要である。」

このようにして、法律や条例による財産権の規制が受任すべき限度内なのか、特別の犠牲となっているのかを検討して補償請求を判断することになります。

結局のところ、「規制の目的、必要性、内容、制限される財産権の種類、性質、制限の程度」を検討するのだろうと思います。

というわけで、今回は以上になります。お読みいただきありがとうございました。