薬事法距離制限違憲判決わかりやすく解説

薬事法違憲判決とは?

本件の問題意識は、

医薬品販売をするのに許可が必要なのはわかる。

でも、そこに薬局を開設する距離を制限する必要はあるのか?

という疑問です。

薬局は処方箋をするため、病院の近くに設置されますから、病院のないところにあってもしかたがないわけです。

そうすると、必然的に薬局は密集してきます。

そして、個人的には、そもそも競争が生じるのかという経済学的な視点も興味深いところなのですが、そこまでは検討されてません。

薬事法違憲判決事件の事案とは?

薬局の設置場所については、許可条件で定めがありました。

そこには、

100mは間を空けるようにという配置基準』がありました。

この条件に適合せず申請に対する不許可処分がなされてしまいました。

この不許可処分の取消訴訟を提起したという事案です。

「薬事法」では、許可基準に適正に配置することという規定があり、

これを受けて、「条例」に100mという具体的基準が定められました。

薬事法から条例へ

法律から条例へ規制の詳細については委任がされています。

そして、委任先の条例の具体的な規定が、営業を制約しているから違法であるということです

・営業の自由の保障

これより前の小売市場事件では、深く理由付けをしないまま、「憲法は営業の自由も一応予定している」とだけ言っていました

「」

今回では、その点を深く検討して理由づけしています・

それは自己実現のためであり、「職業を遂行することが出来なければ選択の自由を保障した意味がない」として、職業活動の自由(営業の自由)も包含することを示しました。

しかし、権利の性質はまだ終わりません。

職業の特殊な部分に焦点をあてます

営業の自由と表現の自由の違いとは?

営業の自由は表現とはちがうといいます。それは

社会的相互関連性が大きいから」でした。

ようするに、他人に与える影響が大きいため、完全なる自由では社会秩序を乱すという弊害が発生するだろうということです

これは、精神的自由と権利の重要性は同じだけど、併せて規制の必要も持っているということを言っています。

とくに、企業の活動が念頭にあるからです

「職業活動は、公権力による規制の要請が強く、制約の必要性を内在する活動である」

では、どのような制約が考えられるというのでしょうか。

世の中にはさまざまな仕事があり、社会に与える影響も変わります

独占をさせる規制が、許可制や免許制です

一方、独占をさせない法律が、独占禁止法や不正競争防止法といったものになり

このような規制は各種各様のかたちをとり一律に論じることはできません。

規制の目的や必要性、制限される権利の性質、制約の程度などを比較しなければなりませんが、もはやこれは立法の範疇です

そのため、裁判所は裁量統制ができるにすぎないわけです。

三権分立上、立法に関与してはならないからです

「立法府の判断が合理的裁量の範囲にとどまる限りその判断が尊重される」

というわけで、一応、基準ということにはなりそうですが、行政法の裁量の問題に解消されていて、憲法の審査基準というわけではないのです

多くのひとは憲法の範囲を立法論のみから学んでいると思うので、この辺りが混乱を招く原因なのかもしれません。

目的、手段を審査するのですが、あくまでも裁量の逸脱という観点だということです。

許可条件の妥当性を判断するために、許可制を敷いた目的をチェックします

距離制限を置き、配置を規制したという判断は、許可制の目的をはたすための合理的裁量の範囲内の判断になるのでしょうか

ここでのポイントは小売市場とのちがいで端的にいうと、事業の性質のちがいになります。

許可規制は、資格能力のある事業者に仕事を任せ国民の健康の安全を守るためです

この許可制には、小売市場事件のときのような小規模事業者の経営を保護しようという意識はありません。

だれでもできる仕事ではないというちがいです

一方、配置規制は、設置場所を限定することで過当競争を防ぐことができます。不良品医薬品の供給を防ぐ目的も含んでいるという反論があり得るところです

しかし、それは

「競争の激化、経営の不安定、法規違反という因果関係に立つ不良医薬品の供給の危険は単なる観念上の想定に過ぎず、確実な根拠に基づく合理的な判断とは認めがたい」

端的にいえば、距離制限いりますか?資格能力の方がはるかに重要でしょうということです

(参入障壁が設定されているわけでもなく、距離があったところで不良医薬品を安く提供すればいいだけですから)

そもそも専門家の事業で不良品医薬品を流通させて市場競争に勝って金儲けしようというのも考えにくいですが
(まず顧客属性が限定されマーケットが狭く儲からないし、不良品で引き起こす損害が大きいため)

小売市場では、大企業が巨大な資本で参入してきましたし、純粋なビジネスモデルなので過当競争のおそれが認められました

医薬品販売では、少なくともこの時代、大企業が参入して過当競争を招くということはまずないという背景もふたつの判例のちがいになります。

「目的と手段の均衡を著しく失するため、合理性を認めることができず裁量の範囲を超えている。」

というわけで、この判例はLRAの判断を示したものではなく行政法の論述に近いものがあることがわかりました。

ただ、判決文のなかに他の選びうる~の表現がでてきたためにそれがめずらしかったために、学会が盛り上がりをみせただけです

許可制は、経済活動の自由を制約しますので、「必要かつ合理的な措置であること」を必要とします

この論点は許可制と思ってるかもしれませんが許可の条件が厳しすぎやしないか?という意識です。

薬事法事件判例がLRA(より制限的でない他の選びうる手段)の存在を主要な違憲の理由としたのではなく、「目的と手段の不均衡を直接の理由」として違憲と判断しました

「消極的な目的である場合、許可制より緩やかな制約態様(認可とか)で達成できないと認められることを必要とする」といいますが、

ここでは一般論として、許可制を敷いているとしても、世の中の事業者の活動はとても広いので消極的な目的から積極的な目的までいろいろあり

許可制自体が問題となっていれば、強力な制限ですから、消極的な目的であること、さらに、他の手段はないのかという点で検討すべきとしているのです

本件は許可制が認められるとして、許可条件の適正配置は無意味なのではってところが争点なのでLRAはかすってはいますが正面からの問いではありません。

また、経済活動の自由を重要な権利として捉えている姿勢がうかがえます

そのため、二重の基準論はやはり採用していないことがわかります。

消極的な目的の場合、許可制あるいはそれと同じくらい経済活動の自由を制約する強い規制であるというだけです

許可制の場合、より緩やかな手段でできないのかという現実的な価値観があるだけです

目的から手段の関連性を考えることは同じですが

ただ、許可じゃなくてもいいんじゃないかという程度のものです

消極的な目的だけど許可ではない場合、もはやLRAは使いがたいと思われます。

手段との関係を検討するのです。重要なことは各種各様であるというひとことが示しています
(それを示したのが酒類販売事件で、これは免許制でした)

許可とすこしちがうのは

『免許を与えないことができる』と規定されていること

原則与えるということで純粋な許可よりゆるいわけです、なのでより緩やかなという基準がたてられません。

■営業の自由

『職業は、その選択すなわち職業の開始、継続、廃止において自由であるばかりでなく、選択した職業の遂行自体すなわちその職業活動の内容、態様においても原則として自由であることが要請される。』

(最大判昭50・4・30後出

■ 公共の福祉

『職業の自由は、それ以外の憲法の保障する自由、殊にいわゆる精神的自由に比較して、公権力による規制の要請が強く、憲法22条1項が「公共の福祉に反しない限り」としたのも、特にこの点を強調する趣旨に出たものと考えられる。』

(最大判昭50・4・30民集二九・四・五七二〈薬事法距離制限違憲判決〉

■ 許可制

『一般に営業の許可制は、自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置である場合には、許可制に比べてより緩やかな規制によってはその目的を達成することができない、と認められることを要し、この要件は、許可制そのものについてのみならず、その内容についても要求され、許可制の採用自体が是認される場合であっても、個々の許可条件については、更に個別的にその適否を判断しなければならない。
薬事法に基づく薬局等の適正配置規制は、不良医薬品の供給や医薬品濫用の危険を防止するための警察的措置であるが、目的と手段の均衡を欠くものであるから、本条1項に違反する。』

(最大判昭50・4・30民集二九・四・五七二〈薬事法距離制限違憲判決〉

というわけで、今回は以上になります。

お読みいただきありがとうございました。