【刑法】騙されたふり作戦とは?【承継的共同正犯の射程】

以前、承継的共同正犯をいかに考えるか?というテーマがありました

その関連として、詐欺未遂事件(最高裁平成29年12月11日決定)についてです。

本件の問題点としては、詐欺罪の「受け子」が共犯となるのか?という話です。

被害者が、騙されたふりをしたことから名前がついています

騙されたふり作戦における「特殊詐欺」事案とは?

本件は警察で特殊詐欺と呼ばれる事案で、

首謀者による欺罔行為の後、被害者が警察に相談し、検挙するため、だまされたふりをし続けるという作戦をしました。

そして、首謀者と共謀の上、被害者から発送された荷物の受領行為に関与した者が、「受け子」と言われる人です。

受け子が、その騙されたふり作戦の開始を認識せずに、受領行為を行った場合、詐欺未遂罪の共同正犯の責任を負うとされたものです。

詐欺の金品を受け取る場面でのみ関わっている「受け子」ですが、

被害者が騙されたふりをして対応している場合、受け子の罪責に影響を与えるのでしょうか?

これは、承継的共同正犯を肯定できるか?という射程が問題になります。

だまされたふり作戦とは?

騙されたふり作戦とは、

「だまされたことに気付いた、あるいはそれを疑った被害者側が

捜査機関と協力の上、引き続き犯人側の要求どおり行動しているふりをして、

受領行為等の際に犯人を検挙しようとする捜査手法のこと」

第一審判決の判断とは?

被告人が共謀・加担したのは本件欺罔行為より後の時点であるから、承継的共同正犯の成否が問題となります。

これに対して、判例曰く

「本件荷物は、被害者が「だまされたふり作戦」として発送したものであるから、その受領行為は詐欺の実行行為には該当せず、被告人が詐欺の結果発生の危険性に寄与したとはいえない」

などと判示して、被告人を無罪としました。

「因果的共犯論」から承継的共同正犯の否定説へ流していますね。

因果的共犯論では、共犯の処罰根拠は、「共犯に結果発生の因果性が認められるから処罰することができる」というもの

そうすると、先行行為に関わっていない以上、「受け子に共犯を認めるのは難しい」というわけです。

関与した行為が結果の発生に寄与しなければ、詐欺罪の承継的共同正犯は成立しないといいます。

詐欺罪の実行行為に該当するかは因果性があるかどうかですが、因果性のあるなしは詐欺罪の結果発生の危険性があるかないかです。

ダマされたふりをしつつ空箱を渡している場合、結果発生の危険はなさそうに見えます。

しかし、「ダマされたふりかどうか」は認識できる事情ではないので、ここの事実の評価が論点です。

前田教授の一審解説の論文とは?

前田先生の論文によると、

「第一審判決は、共犯の処罰根拠として「因果性」を強調している。

詐欺罪の未遂の処罰根拠は、財産侵害発生の危険性にあるので、後行者が詐欺の結果が生じる危険性を発生させることについて、何らかの因果性を及ぼす必要がある。

本件荷物は、欺罔行為によって生じた錯誤に基づき交付されたものではないから、本件荷物を受け取る行為は、欺罔行為と因果関係がない。

共謀加担後、詐欺の結果が生じる危険性を発生させることにつき因果性を及ぼしたとはいえず、詐欺未遂の承継的共同正犯の罪責を負うとは認められないのである。」

と解説されています。

控訴審の判断とは?

“>平成29年5月31日高裁判決によると、

控訴審では、被告人が欺罔行為後の共謀に基づき被害者による財物交付の部分のみに関与したという事実関係を認定し、これを前提として、

「だまされたふり作戦の開始にかかわらず、被告人については詐欺未遂罪の共同正犯が成立する」といいました。

そして、共同正犯の成立を認めなかった第一審判決には「判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある」として第一審判決を破棄しました。

承継的共同正犯として詐欺罪の成立を認め得るか?

まず、法益侵害の危険に関してです。

「先行する欺罔行為とあいまって、財産的損害の発生に寄与しうることは明らかである」

と、「錯誤に陥った者から財物の交付を受ける点」にこそ詐欺罪の法益侵害性があると言います。

そして、「だまされたふり作戦」が実行されたことに関しても、

「だまされたふり作戦の事実は、一般人において認識しえない以上、これを法益侵害の危険性を判断するための基礎とすることは許されない」

と、詐欺未遂罪の承継的共同正犯を認めました。

荷物を受け取る行為を外形的には、詐欺の既遂に至る現実的危険性があったといえます。

したがって、詐欺未遂罪の共同正犯が成立するとしました。

受け取る行為には、先行行為とあいまって法益侵害の危険が認められる

騙されたふり作戦があったことは客観的に認識できない事実なので、判断の基礎とはできず因果性は遮断されない

最高裁判旨の判断とは?

最高裁の判断では以下のようにいっています。

「被告人は、先行行為の詐欺につき、共犯者による本件欺罔行為がされた後、だまされたふり作戦が開始されたことを認識せずに、共犯者らと共謀の上、本件詐欺を完遂する上で本件欺罔行為と一体のものとして予定されていた受領行為に関与している。

そうすると、だまされたふり作戦の開始いかんにかかわらず、被告人は、その加功前の欺罔行為も含めて、詐欺未遂罪の共同正犯としての責任を負うと解するのが相当である。したがって、原判決は、正当である。」

というわけで、判例によると、

「一体のものとして予定されていた」から受け子も共謀の上、被害者から現金をだまし取ろうとしたと評価できるのです。

ダマされたふり作戦にかかわらず、先行行為による欺罔行為の点も含めて、詐欺未遂罪の承継的共同正犯の成立を認めました

事例判断において考慮された事実とは?

本件は事例判断なので、以下の事実が結論に影響を与えたと考えられます。

・氏名不詳者から報酬約束の下に荷物の受領を依頼された

・それが詐欺の被害金を受け取る役割である可能性を認識しつつこれを引き受けた

・指定の場所で、発送された現金が入っているはずの荷物を受領した

事例判断の事実をどう考えるか?

詐欺による現金を受け取ることを前提としているので、加功前の行為を「自らの犯罪行為として利用する意思」があると考えることは可能でしょう。

前田先生によると、

「本件欺罔行為の点も含めた本件詐欺につき、詐欺未遂罪の共同正犯と認められたのは、「詐欺を完遂する上で欺罔行為と一体のものとして予定されていた受領行為だからである。」

と言っています。この「一体性」という規範的要素は、刑法解釈の様々な局面で登場します。

たとえば実行行為の一体性、原因において自由な行為、正当防衛行為の一体性など

欺罔行為との一体性

本件のような場合にいう「一体性」については

「受取行為は、それのみの実行では詐欺罪の成立は認められないが、先行する欺罔行為の存在とその認識を併せ考えれば、詐欺罪の共同正犯性を認めるべき場合を意味する。」

と解説されています。

たしかに、共同正犯は、すべての犯罪事実を共同実行する必要はありません。

重要な部分で関与していればよく、実行にあずからなくても共謀という形態での関与も可能なわけです。

したがって、この一体性という観点から考えると、「欺罔行為と一体のものとして予定されていた受領行為」であれば、

関与した時に、結果発生の可能性が客観的になかったとしても、受け子に承継的共同正犯の成立を認めてよいということが分かります。

ということで、長くなり、すみません。お読みいただきありがとうございました。